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「きっと、星のせいじゃない。(The Fault in our stars)」ー 0と1の間の無限。

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2015年、新しい年が明けました。
遅ればせながら明けましておめでとうございます!
仕事の合間に観た映画の感想を今年もちまちまとupしていく所存ですので、宜しくお願いいたします。
さて、本年初の感想は2月20日に全国公開される「きっと、星のせいじゃない。(The Fault in our stars)」を観賞しました。
お涙頂戴映画かなって印象だったので、最初はイマイチ気乗りしなかったのに突如360度転換!(ん…?! )気が変わりまして、やっぱ観てみようかなぁと。。。
お話は末期がん患者同士が出会いやがて恋に落ちる…ここまできいただけだと、ちょっと通な方だと「ケッ!!」って鼻で嗤うかも知れないですねぇーーー。

ストーリー
ステージ4の甲状腺ガン末期患者ながらも、抗がん剤の効果で深刻な状態を免れているヘイゼル(シャイリーン・ウッドリー)は、学校にも通えず、友人もできず、酸素ボンべなしでは生活できない女の子。そんなある日、ガン患者の集会で骨肉腫を克服したガス(アンセル・エルゴート)と出会う。ヘイゼルに惹(ひ)かれたガスだが、ヘイゼルは彼と距離を置いてしまう。ヘイゼルの気を惹こうと、彼女の愛読書の著者 ヴァン・ホーテン(ウィレム・デフォー)にメールを送って返信をもらうことに成功するガス。その後、二人は作家に会おうとオランダへ旅行に出る……。

キャスト
シャイリーン・ウッドリー - ヘイゼル・グレイス・ランカスター
アンセル・エルゴート - オーガスタス・ウォルターズ
ナット・ウルフ - アイザック、オーガスタスの親友
ローラ・ダーン - フラニー・ランカスター、ヘイゼルの母親
サム・トランメル - マイケル・ランカスター、ヘイゼルの父親
リリー・ケンナ - 幼少時のヘイゼル
ウィレム・デフォー - ピーター・ヴァン・ホーテン
ロッテ・ファービーク - ルドウィグ・ヴリーゲンサート、ヴァン・ホーテンのアシスタント

スタッフ・作品情報
監督:     ジョシュ・ブーン
脚本:     スコット・ノイスタッター マイケル・H・ウェバー
原作 :    ジョン・グリーン『さよならを待つふたりのために』
製作:     ウィック・ゴッドフリー マーティ・ボーウェン
音楽:     マイク・モーギス ネイト・ウォルコット
撮影:     ベン・リチャードソン
編集:     ロブ・サリヴァン
配給:     20世紀FOX
公開:     2014年6月6日(アメリカ合衆国)
日本公開:     2015年2月20日
原題: The Fault in Our Stars



脚本のスコット・ノイスタッターとマイケル・H・ウェバーは「(500)日のサマー」のコンビ。そういうワケでおのずとポップで軽快な映画を想像してしまいます。
自分が死んだ後の世界が心配で仕方ない女の子ヘイゼルと死んだ後に人々に忘れられてしまうことが恐くて仕方ない男の子ガスが出会います。
もちろん、ガン(しかも末期ガン)と向き合う若い男女の話なのでどうしても泣きます、泣かされます。
ただ、それだけの映画ではなくて彼らがあまりに自虐的で笑ってしまうところや「年齢にしては大人だよなぁーー」って感心したり、ほのぼのしたり。
最初は観る目線は当然のごとく上から目線です、親目線。主人公 ヘイゼル・グレイス・ランカスターの母親役はデヴィッド・リンチ作品でおなじみのいつも苦しんでいるような表情のローラ・ダーン
彼女もこんな年頃の娘の母親役だよなーってやけに感慨にふけってしまいました。母親役もめずらしいですね。
(初めて出会ったのが劇場に「ブルー・ベルベット」を観に行ったときですもの。なんか、やけにブサイクな女の子だものでずっと脳裏に焼き付いて離れなかったのです。ごめんなさい^^;;;)
で、話を元に戻すと
「(500)日のサマー」のテイストを醸し出しつつ、死に係るなにかグッとくるセリフをあちこちにちりばめた作品です。
「(500)日...」に通じるポップでかわいい演出も出てきます。(監督さんは全く別な監督さんなんですけれどね)
主演のヘイゼルには今やハリウッドの二大しゃがれ声女優(1人はジェニファー・ローレンス)の中の1人シャイリーン・ウッドリー。
オーガスタス・ウォルターズを演じるアンセル・エルゴートもキュートでした。「ダイバージェント」でシャイリーン・ウッドリーの兄の役で共演していましたね、印象が薄かったけど。よくみると上唇がアヒルみたいでかわいい♪

ガス(オーガスタス)は火をつけないタバコを口にくわえるちょっとヘンな習慣を貫いている。「命を奪うものからその能力を奪う」というメタファーだと言い張り、ただのタバコをくわえる彼の姿はユーモラスで滑稽で愛らしく、切ない。青田赤道のキセルみたい。(例えが古い^^;)
愛称がガスでいつもタバコをくわえていて、ラスト近くでガソリンスタンドでタバコを買いに行って体調が悪くなる…っていうとこも切ない中のユーモアなのかな。
自分がいなくなってしまった後の世界を心配しているヘイゼルが健気。「自分が死んだ後に両親はどうなっちゃうの?」って常に心配なんですね、彼女。


ある場面でとうとう涙、涙、、、土砂降りのように涙してしまいしてね、いやはや。。。声を上げて泣いてしまいそうだった^^;;;
ウィレム・デフォー演じる作家ヴァン・ホーテンのイヤなオヤジっぷりがこれまた素晴らしくシックリくる!
賞賛すべきクソオヤジ!!
ヴァン・ホーテンってココアみたいな名前の作家に会うために2人はオランダに出向く。彼の小説のラスト部分を知る旅、直接彼に質問するためだ。
原作本「さよならを待つふたりのために」は未読なので小説の内容はよくわからない。
想像するに、死に向かう2人に希望を与え、死というものを熟知する作家と話すことで安心すること、「死=真っ暗な世界ばかりではないこと」を確信したい、とにかくすがりつく術(すべ)だったのだろう。
病気が治るようなことはありえないのに、何かにしがみつき、ささやかな希望を無意識に抱いてしまうのは若くても年老いていても人間であれば同じだ。


私がブログタイトルで使用した“0と1の間の無限...”は劇中のヘイゼルが語るセリフで、これでもかっていうほど泣かす場面で使われています。
もとのタイトル「The Fault in Our Stars」の意味合いは、この作品の2/3ほどでみたところでわかってくる。
実は私はヘイゼルとガスが出会ったばかりの時にうっすらと気がついてしまいましたが、それについてはこの作品の出来を落とすわけではないのでさほど気にならない。
日本のタイトルが「きっと、星のせいじゃない。」と原題と真逆なとこ、なかなかもってよろし。
この世の中にはどう振る舞おうと、自分の力ではどうにもならないこともあるけれどそれに屈しない勇敢な若者もいるんだよ、それも人生である…そういう映画です。
ガスがヘイゼルに会ったばかりの時に「きみは『Vフォー・ヴェンデッタ』のナタリー・ポートマンに似てるね」って言うのだけど、彼女の凛とした表情がほんとにそんなカンジなんですね、私も同意見でした。
ついでに『Vフォー・ヴェンデッタ』も大好きな映画です、私。
今年公開される「ダイバージェント」の続編も楽しみですね。
音楽もよくてサウンドトラック買わざるを得ないなって考えてます。

ヘイゼルのお父さん役のサム・トランメルがカッコよかったです♥




映画の内容とは少し逸れて個人的な話になるけれど、高校くらいのころ親とか友達何人かに「死んだときに自分の意識はどこにいっちゃうの?」という意味合いのことをきいた覚えがあります。
川を渡って天国のような世界にいくとか天国はあるよって話でその時は少し安心したものです。
でも、少し経つと天国などは死ぬことの恐さを遠ざけるための気休めに誰かが作ったものだという結論になってしまい、意識がとぎれてその後は?と考えて恐くて恐くて仕方がなかった。
自分が病気で余命わずかとかいう状況でもないのにそんなことばかり考えていた若い時をふと思い出してしまいました。
今更ながら無駄に臆病に過ごした日々が莫迦らしく思えてきます。やっぱり病は気からですね。。。。
で、今あらためてホーキング博士の「死後の世界」についての言及を読むと再び気がめいってきましたorz

[ロイター]「天国も死後の世界もない」、英物理学者ホーキング氏が断言

「僕と彼女とオーソン・ウェルズ」 ー やっぱり女が絡むと厄介だわ www

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原題は「Me and Orson Welles」ですが、邦題は「僕と彼女とオーソン・ウェルズ」。
「部屋とYシャツと私」的なタイトルに変わっています。
予備知識なしでみたら、リチャード・リンクレイターの作品だと気がつかないと思います。

キャスト
    リチャード・サミュエルズ - ザック・エフロン: 役者志望の高校生。ブルータスの従者ルシアス役で舞台に立つことになる。
    オーソン・ウェルズ - クリスチャン・マッケイ: マーキュリー劇団を主催する天才演出家・俳優。ブルータスを演じる。
    ソニヤ・ジョーンズ - クレア・デインズ: マーキュリー劇団の制作助手。
    ジョージ・クールリス - ベン・チャップリン
    ジョゼフ・コットン - ジェームズ・タッパー
    ジョン・ハウスマン - エディ・マーサン
    ノーマン・ロイド - レオ・ビル
    ミュリエル・ブラスラー - ケリー・ライリー: 劇団の女優。オーソンの愛人。
    グレタ・アドラー - ゾーイ・カザン: リチャードが出会った劇作家志望の女性。

スタッフ・キャスト
監督:     リチャード・リンクレイター
脚本:     ホリー・ジェント・パルモ、ヴィンス・パルモ
原作:     ロバート・カプロウ
製作:     アン・カーリ、リチャード・リンクレイター、マーク・サミュエルソン
撮影:     ディック・ポープ
編集:     サンドラ・アデア
製作会社:     CinemaNX Isle of Man Film 他
製作国:     イギリス
公開:     2009年11月25日(アメリカ) 2009年12月4日(イギリス)
日本劇場未公開
原題:     Me and Orson Welles


旧きよき映画の時代を感じることができる、ほろ苦さを包みこむ爽快感が残る軽快な青春ドラマです。
演劇関係の学校で学ぶ高校生 リチャード(ザック・エフロン)が幸運にもオーソン・ウェルズ(クリスチャン・マッケイ)の新作舞台劇に端役で出演することになる一週間のお話。
出会いも別れも運命。その繰り返しなんだよ、人生は…って妙に納得させられました。それと出会いが自分にとってどんな風に影響しているかの受けとり方って重要ですね。プラスととるかマイナスととるか。
オーソン・ウェルズは知識人で機転もきいて名優だけど、一人の人間としては幸せだったのか…とか。
今年公開される「おみおくりの作法」のエディ・マーサンがいつもオーソン・ウェルズに振り回される劇団の責任者的な役で出演しています。

オーソン・ウェルズが出演していたラジオドラマでも突然長々とアドリブを入れてきて周りをいらだたせるシーンがあります。
旧きよき時代ですね、大きな一本のマイクに向かって複数の俳優(声優?)たちが台本を読み、ページをめくる時は音をマイクに拾わせないように配慮したり、生の演奏を入れたり。
ウェルズにかなり気に入られて初舞台を迎えるリチャードだったけど…実は?!って展開なのですが、それは置いておいてとにかく舞台初日の緊張感がハンパなく伝わって来てこっちまでハラハラしました。
ほんとにリンクレイター作品かな、これ?っていう見せ方でこっちまでいちいち舞台をみている観客の反応が気になっちゃいましたね。
緊張の舞台が終わってみんなで喜びを分かち合っているんだけど、ん?なにか空気の流れが変わってきたぞ…ってなってきて前述通り、実はそう甘くないんですよ。
名優からいろいろ学ばせてもらったけど、所詮彼もプライドが高いただのおっさんだったよって学んだかどうかはその人の取り方次第です。
まだ、「風とともに去りぬ」が撮られていなかった頃の物語というのも感慨ひとしおでした。
ザック・エフロン、最初は受け身なだけの淡白な飄々とした青年がオーソン・ウェルズに刃向かっていくような男に変わっていくところも面白い。
ゾーイ・カザンが劇作家志望の女の子役で最初と最後にでてくるのも気がきいてるなーって思いました。
クレア・デインズがリチャードの気を引く魅惑的なオトナの女役。色っぽい!
舞台の大成功後、祭りの後での2人の会話がいい!!

ソニヤ(クレア・デインズ): 「運なんて必要ない、信じてないから」
リチャード: 「僕も信じてない。けど気休めになるだろ…」


俳優になる夢は破れた苦い経験を経て一回り大きな人間に成長したリチャードが勝ったなって感じました。
オーソン・ウェルズを演じたクリスチャン・マッケイが、素晴らしいけどオーソン・ウェルズ以外の役を演じられるのか?って心配なくらいの名演でした。

第87回 アカデミー賞授賞式まで一週間きったよーーーん! の巻

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第87回 アカデミー賞授賞式まであと一週間を切りましたね。
わたくし、毎年アカデミー賞ってさほど気にしていない...
けど、気になるっちゃあ気になる。
昨年はyoutubeなどで授賞式を中継で流してたのでしっかり観てました。
...ってことは十分(!)気にしているうちに入るってことかな。
今回、自分がキュレーターとしてまとめてるサイトでアカデミー賞のネタを取り上げたので、流れでノミネート作品の紹介と自分の予想も載せてます。
こんな感じです。



★☆★ 第87回アカデミー賞 受賞はこうなる! ★☆★

◆ーーー 作品賞
「6才のボクが、大人になるまで。」

◆ーーー 監督賞
リチャード・リンクレイター

◆ーーー 脚本賞
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」

◆ーーー 主演男優賞
マイケル・キートン

◆ーーー 主演女優賞
ジュリアン・ムーア

◆ーーー 助演男優賞
J・K・シモンズ

◆ーーー 助演女優賞
パトリシア・アークエット


ギャザリー「さぁ、みんなでアカデミー賞を予想してみよう!」より



こんな感じです。

まぁ、お祭りってノリです、当たれば嬉しいですし。
ただ、今回って日本未公開作品が結構固まっているんですよね〜。
なので、予告編しか観てない作品がほとんどなのです。
ほとんどがとか賭けのノリです。
繰り返しますが、お祭りですからいいぢゃないですかぁ〜〜〜!
ねっ!!


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「MOZU シーズン1 ~百舌の叫ぶ夜~vol.2」感想

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「MOZU シーズン1 ~百舌の叫ぶ夜~vol.2」を見た。
「なぜvol.2から?」というと単にレンタル屋さんにvol.1がなかったから。
ノーランの「ダークナイト」の影響を受けていると以前、どこかのサイトで見た気がする。
どうだろうか?「ダークナイト」の影響を受けているとすれば、テンポ、展開遅くて何回もあくびが出てくるところ...か。
それじゃ、ジョーカー役はいったい誰か?バットマン役は?
そこまで見ていないので正直なところよくわからないが、始終暗い表情の西島さんがバットマンなんだろうな。
で、ワケ分からん得体の知れない男、長谷川博己演じる東がジョーカーなのか??
借りてきているにもかかわらず、
「それじゃ、エピソード3見るかぁ!」って立て続けに見る気になれない作品なのである。
まぁ、近いうちにエピソード1をレンタルして来てみる予定ではあるが、テンションが上がらない作品である。
こういう類いのドラマ、しかも西島秀俊が出演していたフジテレビのドラマ「ストロベリーナイト」の方が比べ物にならないほど面白いと思う。
ともかく「MOZU」に話を戻すと、西島演じる倉木が常に虚ろで暗くて、池松壮亮演じる怪しげな男よりもより怪しくて怖いんですよ
で、私ふだんは映画に喫煙シーンがあってそれがどうこう言うことはないのだが、このドラマはやたらと喫煙シーンが多すぎる!
見ているこちらまで、咳き込みそうになる...まぁ、画面の向こうのなので健康に害はないだろうけど。
致命的なのは脚本がよろしくない、セリフが堂々巡りなのだ。
「結局、何言ってるの?」って感じるし、演技者もただ単に台本を読んでるだけのような棒読み状態でこれも話に入り込めない一因だろう。
顕著なのは、西島秀俊と真木ようこの2人。
こんな演技だったっけ?他のドラマでも??
まぁ、どうあれシーズン1はすべて見る予定だ。
ちなみに脚本は誰なのか?仁志光佑...無名?
いや、過去の仕事を見ると嵐の大野クンが主役のドラマ「鍵のかかった部屋」の 第6話(密室劇場)を書かれた方のようだ。視聴率は若干芳しくなかったようだ。

それと、西島さんがタクシーに乗るシーンで
「もっとスピード上げてください」
「右折車線に入って...(信号が赤になると同時に)直進して!」
ってかなりに危険行為を指示されるがままに運転している従順なタクシーの運転手がどうかと思いましたね。
(突っ込むところじゃないのかもしれないけれど)




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「MOZUシーズン1 ~百舌の叫ぶ夜~」を見終えて

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前回の感想では、中途ハンパなシーズン1のVol.2だけ見た感想を書きましたが、ようやくシーズン1をすべて見終えました。
家族全員、西島サンの従来のキャラがすべて打破されていたことに正直驚いていました。(前回も述べましたが)
「僕とスターの99日」のほわーんとした西島サンが、大胆にも部屋のドアを蹴破ったり、走行中の車を無茶な方法で止めて瀕死の重傷を負ったり...鬼気迫ってる、殺気立ってる、恐ろしすぎる、モンスターっぷりハンパない!
顔も黄色っぽい土気色で一貫して目が死んでいる。この倉木という男はまったく笑わない。
セリフまわしもなんでしょうね...へんに力が入っていて棒読みという新境地を切り開いています。
ほんとうの真実を知りたいんだ!
倉木は虚ろな目の中に気骨をみなぎらせながら徹底して繰り返します。(日本語として正しいのかな?)
対する真木ようこも一切の感情を排除した抑揚が無いキャラクターで、それでいて変に訛っているのが気になるんですよね。


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そういったキャラクターの細かい言動には惹かれつつも、脚本がなってないなぁって感じるのです。
特にセリフがダメ。同じ言葉の繰り返しでボキャブラリー貧困スパイラル状態...
ロングショットがやたらと多いのだが、セリフ自体がまったく機能していないので緊張感がなくてダラダラして眠くなってしまう。
セリフではなく「映像で勝負!」といわんばかりに、やたらとハリウッド映画の何かの作品を意識してるのか、バックライトとか照明を駆使して視覚で訴えようとするも空回り、中途ハンパ。

ところどころに「ダークナイト」と「羊たちの沈黙」を意識してるシーンが見え隠れする。まぁ、新谷(池松壮亮)と東(長谷川博己)にジョーカーのキャラを負わせているのだろう。
新谷のナースの格好に白塗りで口の回りを真っ赤にしたメイクがわかりやすい。
(東の話はまた次回にします。)
新谷といえば、新谷と倉木の不死身っぷりには驚いてしまった。
しかし、どうみても殺人者の新谷より刑事の倉木の方に漂う殺気を禁じざるを得ない。

シーズン1の最後にようやく倉木の笑顔が出て来て、見ている側も少しだけホッとしました。
思わず家族で
「おお、ようやく笑ったよー!」って同じ言葉を発していました。
相変わらず、タバコのシーンが多いのには辟易でしたが...雨の中でも吸っていましたからね^^;

果たして“本当の真実” が掴めるのか!
脚本の出来はさておき、シーズン2はやはり見逃せませんね。

報道を誤認識させる負のスパイラル − ネット記事の捉え方

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林真理子のエッセイが炎上している。
知ったのは一昨日のことである。
いつも情報を得ている某サイトに掲載されたニュースの文章においてである。

川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性

タイトルに完全に引きつけられる。
川崎中一殺人事件被害者の母を林真理子が責め立ててるのか?!
本文より先に、まずはfacebookのユーザーからのコメントに概ね目を通して久々に驚く。
そこには、シングルマザー差別に憤った人々からの恐ろしいばかりのコメントの数々があった。

暴力的な文章
セカンドレイプに等しい
あげくは
ブスばばあ
どちらが差別してるかわからなくなってきている。

コメントのおおむねは「今、悲しみに打ちのめされている母親を傷つけるな」と「シングルマザー差別するなんてヒドい」といった内容である。
7〜8割ほどは林氏を許せない、残りが母親として子供をしっかり守るべきだったのでは?といった内容だと思う。
その後、世間の人々に林氏に怒りの矛先を向けさせた件の本文を読んでみる。

こうした猟奇的な少年犯罪が起きると、メディアは犯人側ばかりか、被害者側にまで「普通の家庭と違うところ」を探し出し、視聴者や読者に 「こんな特殊な環境にありました」と示すかのような報道を繰り返す。今回はシングルマザーであることが「特殊な環境」としてあちこちで報じられ、それを見 聞きした読者・視聴者は気の毒がる一方で「うんうん、やっぱり自分達とは違う」と安堵を急がせた。
武田砂鉄氏 コラム本文より)

メディアが事件を消化するかのように作り出す 「シングルマザーだったからねぇ……」という区別は、打ちひしがれている1人の背中を、鉄球で叩き落とすかのような暴力性をはらんでいる。
武田砂鉄氏 コラム本文より

『週刊文春』(3月12日発売号)の林真理子氏の連載エッセイ「夜ふけのなわとび」を読んで卒倒した。「お母さん、お願い」と題されたエッセイは、被害者の母親をひたすら責め立てる内容だった。
武田砂鉄氏 コラム本文より

私も、自分が感じたことをコメントした…が、はたと思い立った。
論点である林(真理子)氏のエッセイを読んでいない、これではコメントしても説得力がないのではないか?
このコラムにおいて“被害者の母親をひたすら責め立てる内容”といわしめたソースを読んでみなければ、話は始まらない。

DVDを返却に行き、書店で探す...これだけの論争が起きているのだから売切れも覚悟しなければならない。
すると幸運にも2冊ほど残っていた。
帰宅してコーヒーで一息つきながら、読んでみる。

週刊文春 3月19日号(定価 400円)
夜ふけのなわとび(56頁〜57頁)


一気に読み終えた後、先にネットで糾弾を含んだコラムの方に違和感を感じる。
注意を引く文章だけを抜き出し、前後の繋がりで林氏が本当に言いたい部分はカットされているのだ。

林氏は母親のコメントを読んではいないのだろう。上村さんの母親は、あの時気付いてあげていれば、止めていればと、覆ることのない「たられ ば」を繰り返しては、自分で自分を責めている。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

の一文がある。
林氏のエッセイ本文ではニュースで上村くんのアザの映像を見て「親はいったい何してるんだ!」と憤っていたところ林氏のダンナさまに
「そういうことをいうものではない」
とたしなめられた。
「いちばんつらいのはお母さんなんだから」
そんなこと百も承知であるが、お母さんがもっとしっかりしていたら、みすみす少年は死ぬことはなかったはず
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

件のコラムにあった母親の状況は察しているのである、それを承知で書いたエッセイなのだ。
続く文章を読めばどうとらえても
シングルマザーは24時間子育てに終始するべきで、新たなパートナーなど探してはならぬというのか。
武田砂鉄氏 コラム本文より

とは言っていないことに気づくはずだ。

何年か前からの子供の貧困問題にふれ、ついこの前までは豊かさゆえに子供を甘やかす親がいるという流れを経て親のメンタリティの話になっている。
林氏の子供の時代の、貧乏だらけでも親が歯を食いしばって子供にはお腹いっぱい食べさせる母親像を挙げ、そんな昔のことを言っても仕方がないと打ち消している。
林氏は、母親のメンタリティの変化をメディアの影響ではないのか?と説明しているのだ。

テレビのバラエティを見ていると、離婚した女優さんやタレントさんが、そのことをネタにして面白おかしく話している。離婚してとても自由に、幸せになったように語る。あれではふつうの人たちが誤解しても仕方ない。
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

シングルマザーを貶めているのではなく、テレビの向こうのバツイチとかバツニ芸能人の話す面白おかしい離婚話に乗せられるなということをいっているのである。
林氏が一貫して比較しているのは、離婚後、芸能界で華やかに活躍する「バツありママ」であって一般の女性ではないのである。

さらに
今回の事件を被害者の家庭環境のせいにすること自体が不健全だが、その不健全な議論に乗っかるならば、事件の遠因となったのは「恵まれた生活をしている人妻」と「そうではないシングルマザー」に生じた階層を率先して広げるような報道や識者の言葉にあったのではないか。
武田砂鉄氏 コラム本文より

と述べている。
このコラムでは今回の川崎の事件の母親を含めたシングルマザーに向けているように読み取れる。
しかし、ここがまた誤解を招く表現であり
林氏のエッセイ本文には
この頃、女性の連れ子に暴力をふるう事件があとをたたず、私は怒りに震える。どうしてこういう時、お母さんは“女”を優先させるのか。
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

としっかりとした主語があるのだ。
「そういうことをすることをするお母さん」とは、つまり「この頃、女性の連れ子に暴力をふるう事件を起こす母親である
ここに説明されているにもかかわらず、コラムではすっかり話がすり変わり、林氏がまるで一般の人々や川崎の事件の母親を含めたシングルマザーを蔑んでいるように書かれているのだ。
どこをどう読めばこうなる?

こういった「誤解をひろげるように書かれている文章」が今回のようなコラムなのではないだろうか。
事実、「川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性」というコラムを受けて新たに林氏を糾弾する文章(「曾野綾子化する林真理子」)が大手ブログサイトに掲載されているのである。
ここでも、林氏がいう「そういうことをするお母さん」が誰を指しているかを間違えたままにただひたすら糾弾し続ける。
文章の特定な一部分だけを引用し、読者に面白おかしく怒りを煽動するように書くことこそ、現在のメディアの破綻を感じるのである。

メディアにおいて発信する側は、そのさじ加減で一次ソースの引用部分を選択し、独自の説明を加え情報を流すことがままある。
一次ソースでない情報を受け取る側は、自らが情報元ソースを知らないのであれば、確かな情報ではない内容をあげつらって批判することは慎むべきだと思う。

そして最後に
タイトルに踊らされるな!
ということを自分自身も含め肝に銘じておくべきである。



注)当初のタイトル
報道を誤認識させる負のスパイラル  −  他者に伝える“文章”のあり方

報道を誤認識させる負のスパイラル  −  ネット記事の捉え方
に変更しました。


【 関連記事 】
WEBにおけるコラムは“ 同調を惹く ”だけではダメである
 
「紙は炎上しない」は間違い 曽野綾子・林真理子コラムに見る、著名人の「上から目線」が通用しないインターネット

「曾野綾子化する林真理子」

SNSにおける“炎上”の構図 − ネットコラムのとらえ方

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「アメリカン・スナイパー」 − その罰は記憶と心に下された

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劇場公開から遅れること約1ヶ月。
ようやく「アメリカン・スナイパー」を観てきました。
少しためらったのも、戦場での殺戮シーンを見るのが怖かったから…戦場で人がバンバン殺されるシーンを劇場のスクリーンで見た時の自分の精神的ダメージが心配でした。音も大きいしね….
最近頓(とみ)に残虐シーンに耐えられなくなってきている。自分に急激に衰えがやってきたことを実感させられます。

キャスト
クリス・カイル - ブラッドリー・クーパー
タヤ・カイル - シエナ・ミラー
コルトン・カイル - マックス・チャールズ
マーク・リー - ルーク・グライムス
ゴート=ウィンストン - カイル・ガルナー
マーテンス提督 - サム・ジェーガー
ライアン・“ビグルス”・ジョブ - ジェイク・マクドーマン
“D”/ダンドリッジ - コリー・ハードリクト
アル=オボーディ師 - ナヴィド・ネガーバン
スニードDIA捜査官 - エリック・クローズ
スクワール - エリック・ラディーン

スタッフ
監督:     クリント・イーストウッド
脚本:     ジェイソン・ホール
原作:     クリス・カイル『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』(原書房)
製作:     クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ
              ピーター・モーガン、アンドリュー・ラザール、ブラッドリー・クーパー
撮影:     トム・スターン
編集:     ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ
公開:      2015年1月16日(アメリカ合衆国)
日本公開: 2015年2月21日
原題:     American Sniper


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クリス・カイルの父親は彼に
「人間は3種類いる。羊、狼、そして牧羊犬だ、おまえは牧羊犬になれ!」
「やられたら、やり返せ!弱虫になるな」
と口酸っぱくいいきかせながら育てます。
息子は親のしつけ通りに育っていきます。
テレビで9.11の映像を見ながら、自分がこの国を守らなければならないという正義感を抱き、怒りに身が震えんばかりのクリス。
彼はやがて海軍特殊部隊ネイビーシールズに入隊し厳しい訓練にも耐え続け、愛する女性と出会い結婚して間もなく、スナイパーとしてイラク戦争に出征する。
「お前の判断に委ねる」という命令でスナイパーとしての役目を果たし、最初のうちは罪の意識があったものの、殺戮が当然の戦場で次第に慣れていき戦場で英雄になっていく。
殺戮が日常になってそれに慣れていく恐ろしさが否が応でも伝わってきます。
戦場の音は生々しくて我慢できず耳を塞いでしまいました。
戦場シーンと帰国して家族と過ごす時間が交互に描かれ、戦場の異常さが鮮烈に伝わってくる手法はさすがと感じました。
帰国し、普通の生活に戻ると戦争での光景や音が頭に蘇り、家族がそばにいるのに心は上の空の状態。
戦場で活躍してもてはやされても神経衰弱状態でいなければならない生き地獄のような日々。
人を殺して平常に生きていられる人なんていないんですよね。
何度も戦地に行った彼が信じられなかったけど、とうとう4度目には「早く帰りたい!」ってなってホッとしました。

さまざまな想いが頭を駆け巡り、エンドロールの無音状態はとても不思議な作用をもたらしました。
ズーン………
そして涙が止まらなくて、自分のこの反応がどこからくるのか不覚にも理解できませんでした。
国利や宗教のために人と人が殺し合うことがどれほど愚かなことか。
「馬鹿げた殺し合いはもうやめにしませんか?」
って言いたくなりました。
戦場での英雄を描いていますが、戦争を賛美しているワケではない、むしろ逆。
戦争に出向いた人間は、帰国し日常に戻れば過去に自分が殺人をしてきたこと、その残像に藻掻き苦しむようになります。そんな苦しみを国家は救ってはくれないでしょう。
繰り返しになるけれど、戦争での殺戮にしても事件で人を殺めることも、人が人を殺すことは地獄です。
「国を守るため」という名目など通用しません。
今、この時代だからこそ見るべき映画だと思います。


Cinema music No.6 ― スティーヴィー・ワンダーのあの名曲が使われている映画

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昨日5月13日は、スティーヴィー・ワンダーの65回目の誕生日でした。
今は、缶コーヒーのCMに出たりしていますが、ヒット曲も近年あまりなく70,80年代ほどは騒がれていないので、若年層にあまり知る人はいないと思います。
私、昔は自分でお気に入りの曲をチョイスして、「Myモータウン・ベスト」とか作って聴いたりしてました。
スティーヴィー・ワンダーは、彼が11、2歳の時にモータウンの社長ベリー・ゴーディに気に入られて「リトル・スティーヴィー・ワンダー」の名前でデビューしました。
その頃の彼のアルバム「The Jazz Soul of Little Stevie」などは、今聴くととってもオシャレなんですよね。
60年代から活躍してきた彼だから、たくさんの楽曲があるのは当然なので、ここではよく映画に使われる曲にスポットをあてて紹介することにしました。

おなじみの「マイ・シェリー・アモールMy cherie amour - 1969)」というムーディな曲です。
19歳のスティーヴィーがある女の子に恋をして、その子に捧げるために作った曲だそうです。


まずは、ごくごく最近のこの映画です。

世界にひとつのプレイブック(Silver Linings Playbook - 2012)


本作は、最近の映画でありアカデミー賞にノミネートされたりで、あまりにも有名なので、説明は割愛しますね。
ただ、この曲は主人公パット(ブラッドリー・クーパー)のトラウマの象徴として使われていました。




この曲が使われている映画って、結構たくさんあるんですね。
古い順から紹介すると…

赤い航路( Bitter Moon - 1992 )


監督 :ロマン・ポランスキー
出演:
ピーター・コヨーテ、エマニュエル・セニエ、ヒュー・グラント、クリスティン・スコット・トーマス

エロいというか、度が過ぎて笑っちゃうとこも満載でオススメです。




あの頃ペニー・レインと(Almost famous - 2000)

監督:キャメロン・クロウ
出演:パトリック・フュジット、ケイト・ハドソン、ビリー・クラダップ、フランシス・マクドーマンド、P.S.ホフマン

スィートな少年の初恋物語ですよね…永遠の名作ベストに入ってます。
グルーピーのリーダー ペニー・レインがバンドのギタリスト ラッセルに捨てられて睡眠薬を飲み過ぎてホテルの従業員に運び出され、それをジッと見守る若干15歳の音楽ライター ウィリアム...素敵なシーンで使われていました。



アイ・スパイ(I spy - 2002)


監督:ベティ・トーマス
出演:エディ・マーフィ、オーウェン・ウィルソン、ファムケ・ヤンセン 、マルコム・マクダウェル

1960年代のテレビドラマのリメイク。久々にE.マーフィーのマシンガン・トーク炸裂のバディムービーです。
侮るなかれ、面白いです!
(私、エディ・マーフィ贔屓ですから!!ごめんあそばせ…)



ソウル・トレード(Deliver us from Eva - 2003 )


監督:ゲイリー・ハードウィック
出演:LL・クール・J

LL・クール・J主演のラブコメ。堅物でおせっかいの女、エヴァは、3人の妹たちの恋愛にもやたらと首を突っ込んできてその彼氏たちにとっては邪魔な存在。
エヴァを妹たちから引きはなそうと彼氏たちが結束し、一人の男をエヴァに差し向け誘惑させる作戦にでる。




リンガー!替え玉選手権(The Ringer - 2005 )


監督:バリー・W・ブラウスタイン
 出演:ジョニー・ノックスヴィル、ブライアン・コックス

監督は、「ナッティプロフェッサー」シリーズや、「星の王子ニューヨークへ行く」の脚本家 バリー・W・ブラウスタイン。
健常者の男スタビーが障害者を装ってスペシャル・オリンピック(障害者のオリンピック)に出て賞金を稼ごうともくろみ、替え玉出場しようとするドタバタ劇。



というワケで、やはりブラック・ミュージックとあって割と黒人中心の映画、そしてなぜかコメディが多いことがわかりましたね。
もともと、甘酸っぱいラブソングなのにね。

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ぎょぎょぎょ〜っ!42歳息子に母乳をあげる76歳の母?!

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なにこれ?!
思わずタイトルだけで頭の中が映像でいっぱいになって…ちょっと、うぐぐ…





リンダ・バレティさんという76歳の母親が客席でいきなり胸を出し、42歳の息子マイケルさんになんと“授乳”を行ったのだ。この一件は人々の大きな関心を集め、「女性に対する人権侵害だ」、「公共の場であり得ない行為」、「変態親子」などと物議を醸している。
感想
公共の場で見せちゃいけないものを見せたら、罪に問われるのでは???

ファレリー兄弟の映画に出てきそうだわ、こういうシーン www


【記事】
【海外発!Breaking News】42歳息子に母乳を与える76歳老母、KFCから追い出される。(米)
(Techinsight 記事より)

【元記事】
Woman Expelled from KFC For Breastfeeding Her 42-Year-old Son

元少年A 著 『絶歌』発売とメディアでの反応に思う

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1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害者が執筆した本、『絶歌』が刊行された。
著作名義は「元少年A」。
AMAZONなどでは、すでに完売のようで予約待ち状態になっている。ニュースでそれを知った時、何とも表現しがたい複雑な気持ちになった。
“元”ということは、遺族に罪の償いを終えあの事件を過去のものとしてしまったのか。すでに別な人間として新たな生活を送っているのだろうが、何かが喉につかえているようにすんなりと入ってこないのが本当のところだ。
あのような所業を14歳の少年に起こさせた根元は何だろう? 当時、生きてきてそれまで見聞きしたことがないほどの凄惨さ恐ろしさに震えながらも、どうしても事件の背景を知りたいと思った。それは今も揺るぎない。
筆者にとっても少年Aの所業から受けた衝撃はあまりにも大きすぎて、まだ折り合いがつけられないでいる。

先月被害者の父親 土師守さんの元に、加害者(元少年A)から弁護士を通じて謝罪の手紙が届いたニュースも報じられたばかりだ。
内容こそ明らかにされていないが、土師さんは「以前に比べて(手紙の)内容に変化がみられる。彼なりの想いが綴られている」と述べていた。
そして、今回の著書刊行に際して「(手紙の時の)被害者親族の言葉を踏みにじる行為、上辺だけの謝罪だったのか?すぐに本を回収してほしい」と不快感をあらわにした声明をだしている。

『文藝春秋 2015年5月号』で「判決文」が掲載されたばかり

「元少年A」は、今回発売される『絶歌』を綴りながら、“あの時の14歳の少年”の所業を冷静に見つめ直すことができたのだろうか。
先月、土師さんに綴った想いは本心だったのか...おそらく刊行の報告をすれば、当然のことながら差し止めになってしまうから手記については何も報告しなかったのだろう。
そもそも、今回の本は加害者の生い立ちと内面にもおよんでいるのか…いずれにしても犯行時の話に及ぶことは避けられないし、遺族側にしてみれば事件を反芻することを余儀なくされるのだ。

先日発売された『文藝春秋 2015年5月号』には、神戸の事件の少年審判決定全文…「判決文」にあたる文書…が掲載されていた。筆者の勝手な想像だが、今回の『絶歌』発売を事前に知っていての出版社側(文藝春秋側の)の行動だったのかもしれない。
文藝春秋 5月号は発売直後に読んだが、少年Aについて執筆されている既存の書物ですでに得た情報がほとんどだった。
しかしながら、家庭の中での少年Aの孤独感と不自由さ、彼の両親のどこかズレた思考に改めて違和感を感じるばかりだった。
どの書物かは忘れてしまったが、無惨な遺体となって戻ってきた我が子の遺体確認ができなかった被害者母親に
「難儀やなぁ、我が子に最後くらい会うてやれないなんて」
という言葉を発したといわれる、Aの母親の特殊性がずっと心に留まっている。

大部分が出版に否定的。ただいま炎上中

1997年6月28日。
僕は、僕ではなくなった。

酒鬼薔薇聖斗を名乗った少年Aが18年の時を経て、自分の過去と対峙し、切り結び著した、生命の手記。

「少年A」――それが、僕の代名詞となった。
 僕はもはや血の通ったひとりの人間ではなく、無機質な「記号」になった。
それは多くの人にとって「少年犯罪」を表す記号であり、自分たちとは別世界に棲む、人間的な感情のカケラもない、
不気味で、おどろおどろしい「モンスター」を表す記号だった。

本書の紹介文だ。
「生命の手記」? 何か違う...軽々しく「生命」だなんて、非難の的ではないか。
どう読んでも、売るための虚しい言葉の羅列。生命を奪ったものが「生命の手記」とは、やはり読むまではキャッチコピーとしか取ってもらえないだろう。
出版社側は、出版に際しもっと細かいことに配慮すべきだ。
「売る」ことだけを念頭に置いていては聴衆を余計に煽り、炎上に油を注ぐだけだ。

『絶歌』刊行がネット上に流れると同時にネガティブな意見が飛び交った。

“ 今更読みたくない ”
“ ○○部売れれば、印税が何千万入る。Aは一生遊んで暮らせる ”
“ 出版社は悪どい ”
“ 不買運動しよう ”
“ 本名名義で出版しろ ”

などの発売反対側の意見が大多数。
呆れたことには、執筆した加害者の今現在の名前までツイッターでツイートされる始末。
買う、買わないは本人の自由だ。どうか、感情的な行動は控えてもらいたい。
なぜ、一般の人たちが「元少年A」を憎まなければならないのか。
同調圧力で感情任せに無責任な発言をするのは控えるべきだと思う。
出版に反対しながら、いちはやく本を手に入れて内容について批判している人たちにも違和感をおぼえている。
あげくは、あとがきを全文掲載していちいち言葉尻りをとらえて批判している。肝心な本文に付いては「ポエム」と批判しているだけ。
本文を読んでいるかすら疑わしい。

筆者も本日『絶歌』を手にする。
被害者側の気持ちに立ってみれば、あの事件から今までの苦しみは想像にあまりあるものだっただろう。
だからこそ今、酒鬼薔薇聖斗を崇めるような青少年犯罪が起こっている今、第二の酒鬼薔薇を世の中に生み出さないように事件にいたるまでの道筋や背景をしっかり知っておくことは今後も重要になってくる...そう思っている。
現在、加害者の生い立ちや被害者側の手記についての多くの文献が存在している。事件以来、筆者は折にふれてそれらの本を読んで、少年Aがどのようにして出現して行ったかを考えもした。
「性衝動に内在する破壊行動」が残忍な殺人に至らせる経緯、そしてそれは遺伝的なものが作用しているのか。もう一歩踏み込んだ内容の書物が存在してもいいと思った。

確かに、彼(元少年A)は、あの事件を起こす数年間は「人間」ではなかった。
内面が徐々に何かに支配されてしまっていた ―― 他者はすべて「畑に転がる野菜」と見なし、それらは叩いても潰してもかまわないと平然と思っていた。
「最大の敵は自分自身だ」と自己分析しながら、それ(魔物とよんでいる)を甘んじて受け入れてしまったがために彼は最悪の事件を起こしてしまったのだ。
14歳だったあの時の少年Aには、自分だけが唯一神とか悪魔に許された存在だという傲慢さが見え隠れしている。
彼が綴った「懲役13年」は、何度読んでもそういう文章だ。
家族を切り捨ててからというもの、少年は心に潜む破壊への欲求を持て余すようになっていった。

「男性が書いた手記を見て、事件前後の彼の心境について、社会がもっと知るべきだと思ったので出版を決めた。本は本人の手紙を添えて遺族に届けたい」
初版は10万部を印刷。男性とは印税契約を結んでいるという。

(ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150610-00000242-sph-soci より)


『絶歌』

第二の酒鬼薔薇を根絶するような内容であってほしい。
彼はどのようにして悪魔のような所業に至ったか、今こそ自らの口で包み隠さず語るべきだ。
己の利益のためではなく、贖罪のために書いた本であることを祈るばかりだ。


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「サマー・オブ・サム」

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今、日本では「サムの息子の制定を!」と騒がれています。先週、たまたまある番組でデーブ・スペクターがコメントしたことが発端でしょう。
この作品は、その「サムの息子」の映画です。
が…「サムの息子」について事件そのものをよく知りたいという目的ならば、本作は見ないほうがいいかもしれません。
1977年の記録的猛暑に見舞われた夏、ニューヨークで起きた連続殺人事件が軸にはなっていますが、事件よりもその周囲をめぐる人々を中心に描いています。見ているうちにニューヨークの大都会を俯瞰している感覚に陥ります。
中心人物は、美容師 ヴィニー(ジョン・レグイザモ)とその美しい妻ディオーナ(ミラ・ソルヴィーノ)、ロンドンから返って来たばかりのヴィニーの親友リッチー(エイドリアン・ブロディ)。






デヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』も連続殺人鬼がサンフランシスコ中を恐怖に陥れるという実話に基づいた作品で、見ている側まで緊張と恐怖でカチカチになってしまいそうな作品でした。
本作は、怖がっているのは劇中の登場人物たちで、観客は彼らの慌てふためく行動に少しばかり笑いそうになるような緩み具合…
思わず「その時のニューヨークにいたかったなぁ」(ディスコ全盛期で、一方ではイギリスから入ってきたパンクも盛り上がっていたから)なんて軽はずみなことを考えてました。
ジョン・レグイザモが、愛すべき「バカ男」を演じ切っていたし、エイドリアン・ブロディは自然と共感してしまう魅力があります…母性本能がくすぐられる。



監督のスパイク・リーは、この事件が起きた頃は10代か20代前半。当時は恐怖で震え上がっていただろうけれど、現在はよき思い出として心に刻まれているのでしょう。
「サムの息子」を恐れるあまり暴走していく人々は笑えるのだけれど、自分たちと毛色の違う人間(リッチー)を何の根拠もなく懲らしめる行動が怖いと感じましたね。心に恐怖感を抱えていたくないために憂さを晴らすような集団で1人を叩く心理です。
警察で公開した犯人の似顔絵があまりにも似ていなかったがために、リッチーがサムの息子だと決めつけられて殴る蹴るの暴行を受けなくてはならなかったのはかわいそうでした。
音楽がよかったぁ
「Don’t leave me this way(1977)」とか「Boogie Nights(1976)」ちょうど事件の頃ヒットした曲が使われています。
「Boogie Nights」を聴くと、マイケル・ジャクソンの「Off the Wall」だなぁってつくづく思います…あ、逆だ!


「サムの息子」について

1976年から1977年にかけて、ニューヨークで若い女性やカップルら13人を44口径の拳銃やショットガンで銃撃(一人は刃物で刺)して6人を殺害し、8人に重軽傷を負わせた。被害者に性的暴行を加えておらず、金品も奪わなかったが「サムの息子(Son of Sam)」 という名でマスコミや警察に支離滅裂な内容の手紙を送りつけ、町を恐怖のどん底に突き落とした。 1977年8月10日、ニューヨーク市に隣接するヨンカーズで逮捕される。その後、殺人とともに2000件の放火を自供、その模様を詳しく記録していた。裁判では、弁護側は精神異常による無罪を主張したが、陪審は有罪を評決し、懲役365年となった(ニューヨーク州に死刑がなかったため)。現在も模範囚として服役している。
wiki デビッド・バーコウィッツより)

作品情報

監督     スパイク・リー
脚本     ヴィクター・コリッチオ 、 マイケル・インペリオリ
製作     ジョン・キリク 、 スパイク・リー
撮影     エレン・クルス
美術     テレーズ・デプレス
音楽     テレンス・ブランチャード
原題     Summer of Sam
製作年     1999年
製作国     アメリカ
配給     ブエナビスタ インターナショナル ジャパン



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『 アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン 』− ハルクは一服の清涼剤 ...

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昨年見た『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』をしのぐ作品はないだろうと劇場に向かいました。
それでも去年から楽しみにはしていたので家族3人で出かけましたが、ちょうど同じ日に『青鬼』の公開日だったのですよねー。息子が「青鬼見たい、青鬼….」と言い出してどうなるかと思ったのですが、とりあえず大人しく席に座ってくれてよかった…

見る直前にツイッターをながめていたら「ロキは出ない」とTLに流れてたもので、少し寂しい気はしました。“ロキの杖”は大事な役割で出てきたので、いっかぁ、まぁ…ロキは出ませんが。(しつこい^^; )
あらすじなんか、始めっから書けるような作品じゃないんで、ネタばれにもなりますし。
導入部がネタバレになっているかもしれないので、以下は気をつけてください。

まったく見たことがない方はまず、映画サイトで『キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー』と『アベンジャーズ(2012)』のストーリーをサラッと読んでおけば、安心して映画を楽しめると思います。事実、今回大事な役目を果たしている “ロキの杖” と双子の姉弟 スカーレット・ウイッチ( エリザベス・オルセン)とクイック・シルバー(アーロン・テイラー=ジョンソン)も『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』の最後の部分に登場していました。

双子、美形! キック・アスに見えない !! 姉さまが特に怖い !!!


(『キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー』に“ロキの杖”が出てきたことを覚えていたのは息子だけでしたけど、ウチは...あはは。)
あわせて、アベンジャーズ各々の性格を知るために『マイティ・ソー』や『アイアンマン』も見ておくと(結局、全部やないかいっ!! )余計に楽しいです。そうはいっても、時間が経てば細かいことは忘れてしまうのですけど(私のことです!)。
ついでに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』で登場したあの人とかも、今回チラッと出ています。
VFXを駆使したとてつもない戦闘シーンが満載ですが、ストーリーはそれに負けないくらいの情報量が詰め込まれていますので、相当のマーベル通でないとすんなり入ってこないということは覚悟してみましょう。

ヒドラの残党が “ロキの杖” を使って悪いことをしていたので、アベンジャーズが乗り込んでいき、無事に取り戻しました。
厄介なことにスターク(ロバート・ダウニーJr.)が、杖の先の石が「特別なもの」だということを知ってしまい、余計なことを思いついて他の人たちも巻き込むことに。
アベンジャーズ全員でお気楽にパーティしてる間にスタークが造った人工知能…傲慢にも「世界平和のための」プロジェクトに利用しようと目ろんでいたはずが、大変なことになってしまいます。

私、ロバート・ダウニーJr.の下まつげが好き♥

もう、「スターク、追放!」とか誰かが言うヒマもなく、双子の片割れスカーレット・ウィッチにネガティブ光線を浴びせられたバナー(マーク・ラファロ)は、ハルクとなって大暴走。アイアンマンが大乱闘の末ハルクの暴走を収め、とりあえずは一件落着。
ここ、「アイアンマン vs ハルクのバトル・シーン」が私にとって一服の清涼剤とでもいえるシーン。先にお話したように息付くヒマがないのですよ、この作品は…ストーリーも戦闘シーンも。その緊迫感をハルクの表情で“和まされる”とでもいうべきでしょうか、アイアンマン目線のハルクのどアップの顔が続く間が、すごく癒されました。幼子というかだだっ子のような表情がいいんです。しかも、ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)がハルクに触れると徐々に落ち着いて、くたぁ〜ってなって科学者 ブルース・バナーに戻るとこが、これまた微笑ましくハルクが愛おしい。

この“幼な子”が癇癪起こしたような表情!かわいすぎる...

このシーン、隣に座ってた息子も乗り出してみてましたね、何と言っても“ロバート・ダウニーJr.大好きっ子”で、私たちが見ないうちから、『アイアンマン』や『シャーロック』は全て見てますから。テレビで「ロバート・ダウニーJr.」って声をきくと、やたらと反応します^^;
先に“清涼剤”といったけれど、ホーク・アイ(ジェレミー・レナー)もみんなの清涼剤になっていました。後半でスカーレット・ウイッチにいいセリフを言ってて、じわーっときました。

ハルクを暴走させた恐るべき“ネガティブ光線”(すみません、私が勝手に作ってます!)で、ブラック・ウィドウ、キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)、ソー(クリス・ヘムズワース)までもが、頭の中がトラウマでいっぱいになり、戦う士気を失ってドヨ〜ンとなってしまいます。(誰か、抗鬱薬あげてくださ〜い!)
一般人にも言えることでトラウマに支配された時に、何もできなくなる弱さを見ました。恐怖心で頭がいっぱいになって行動することが怖くて、前に進めなくなります。


いわずもがなマーベル・コミックの映画化ですが、毎回深く考えさせるテーマがあってよいですね。今回、私なりに考えさせられたのは、「平和って何?誰のための平和 ?? 」ということでした。
コミックや映画を離れて、現実社会で起きている戦いは何のため? と考えさせられてしまう。多くの犠牲を払い、「破壊と粛正」を繰り返してその先にあるものとは??
「平和」の名のもとに、少しでも「私欲」が入り込めば、均衡が崩れていきます。
また「平和」の意義がそれぞれ違えば凪ぐことはない、均衡を保つということ自体がムリなことなのかもしれません。
それを、地球上のこと、国家間のことに置き換えたりして見ていました。

やっぱり、私、ハルクが愛おしい!
しかし...
『アベンジャーズ』次回作は、なんか寂しい気がするぞ。

ハルク、カムバ〜ック !!!


ハルク vs ハルクバスター − ハルクが連続パンチを受けるときの表情に注目。


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ベスト・オブ・ブシェミ映画 結果発表 !!

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6月初旬から開始しておりました
ベスト・オブ・ブシェミ映画」のアンケート結果が出ましたので発表致します。

ブシェミ映画祭を開催する時の参考にさせて頂きます、128名のみなさま、ご協力ありがとうございました!
業界にコネがないながらも、今準備...その前の下準備の準備あたりですが、進めておりますので今後ともよろしくお願い致します。




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『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』観てきました。

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思い返してみれば、劇場で「M:Iシリーズ」を見るのは一作目以来になる2回目なのです。第一作目は、ブライアン・デ・パルマ監督作品でした。
新鮮で、ハラハラの連続で面白かった...。アクションの見せ場もありながら、チェコの夜霧の中のシーンなどは、デ・パルマお得意のノワール全開の作風が色濃く出ておりました。
一作目をみた後は、なぜか劇場までは出向くことがなく、すべてDVDでの観賞でした。

シリーズ全作、外れはないと思います。特に一作目に次いで面白かった『ゴースト・プロトコル(2011)』は、DVDで観賞後、劇場で迫力を実感すればよかったとまで思ったほどです。
そういった理由もあって、久々に劇場で観賞しようと家族を誘ってみた次第です。

ストーリー
CIAやKGBをはじめとする各国の元エリート諜報部員が結成した無国籍スパイ組織“シンジケート”の暗躍により、イーサン・ハント(トム・クルーズ)の所属するIMFはまたしても解体の危機に陥る。情報が交錯し、世界の危機が迫り来るなか、イーサンと彼のチームは、史上最強の敵を潰すべく、究極の諜報バトルを繰り広げる……。
Movie Walkerより)

スタッフ・映画情報
監督 クリストファー・マッカリー
脚本 クリストファー・マッカリー
製作総指揮     マーク・バクシ
製作 トム・クルーズ 、 J・J・エイブラムス 、 デヴィッド・エリソン
撮影 ロバート・エルスウィット
製作年 2015年
原題 MISSION:IMPOSSIBLE ROGUE NATION

キャスト
イーサン・ハント     トム・クルーズ
ウィリアム・ブラント     ジェレミー・レナー
ベンジー・ダン     サイモン・ペッグ
イルサ・ファ ウスト     レベッカ・フェルグソン
ルーサー・スティッケル     ヴィング・レイムス


ダンナさまは、もともとM:Iシリーズ大好きなので真剣に見ていましたね。身動きもせずに…
息子は、途中で集中が切れているのがわかりました。字幕ということもあって、長いセリフに付いて行けなかったのでしょう。
で、私ですが…ごめんなさい、長ゼリフの対話シーンの途中で寝そうになりました。混みいったストーリーではないのに、変にセリフを突め込みすぎたんじゃないかと思うのです。
相変わらずハラハラ、ドキドキのシーンはありますが、正直、こういうのに慣れきってしまったんですよね。
いうなれば、M:Iシリーズも「水戸黄門化」してしまって、だいたいここいらでトムのアクションがあって、次のハラハラがあって、「あぁ…もうそろそろラストだな」って予想がついてしまう、パターン化してしまったといえます。
この作品には、やたらとダラダラとした長いセリフは不要だと思うのですよ。
考えてみたのですが、トム主演の「M:Iシリーズ」も、そろそろいいかなぁって思っちゃって…うちのダンナさまをはじめ、M:Iファンには申し訳ないことですが。
トム・クルーズ主演の「M:Iシリーズ」も、そろそろ終りにして「スパイダーマン」みたいに、別な配役、監督でリニューアルしてはどうかな。
どうなんだろ。
そうだなぁ…
イーサン・ハント役は、ジェームズ・フランコあたり、監督は…大胆にタランティーノとかで作って欲しい。
中国が出資して、中国市場のために作るハリウッド映画は、ここらへんでご遠慮願いたい気持ちもあります。
オープニング・タイトルも、中国語がいきなり出てきましたし...

また、こんな事情もあると思いまして…
『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』 の時、ブラピがトムに関しては「スタッフがいろいろ撮影秘話で口止め強要されるし、気を使って参るわぁ」的なことぶちまけていましたしね。。。



それと、年齢のせいか最近トム・クルーズがピアース・ブロスナンに見えてきてしまうのです。
しかし...YAHOO映画のローグ・ネイションの評価は、驚くほど高いなぁ。




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『ナイトクローラー』 — ジェイク、また変な人になる…

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クローラーといえば“Google クローラー”とか想像しますが、そうですね…這い回る虫みたいなもの。
“ナイトクローラー”といえば、
夜這い回る虫みたいなもの=パパラッチのこと
だそうです。確かに、この映画を観て這い回る虫は、ピッタリはまる言葉だなと思いました。

キャスト
ジェイク・ジレンホール (ルイス・ブルーム)
レネ・ルッソ (ニーナ)
リズ・アーメッド (リック)
ビル・パクストン (ジョー・ロダー)
アン・キューザック (リンダ)

スタッフ・作品情報
監督:     ダン・ギルロイ
脚本:     ダン・ギルロイ
製作:     ジェニファー・フォックス
音楽:     ジェームズ・ニュートン・ハワード
撮影:     ロバート・エルスウィット
配給:     オープン・ロード・フィルムズ (USA)
ギャガ(日本)
公開:     2014年10月31日
製作国:     アメリカ合衆国
原題: Nightcrawler
公式サイト: http://nightcrawler.gaga.ne.jp/

ストーリー
道ばたの柵の網を切り取って業者に売ったりしながら生きている男、ルイス・ブルーム(ジェイク・ジレンホール)。
ある晩、交通事故現場を目撃、そこに群がるパパラッチ(=ナイトクローラー)たちが撮った映像がテレビ局に結構な値段で売れることを知り、さっそく盗んだ自転車を売り無線傍受器とお手頃のカメラ(ファミリー動画を撮るようなハンディカム)を手に入れ、ちゃっかりナイトクローラー業を始める。
警察の無線から事件情報を盗み聴きし、速攻で現場にたどり着きパパラッチに混じって動画を撮影する。
思いのほか上手くいったルイスは小さなテレビ局のディレクター ニーナ(レネ・ルッソ)に映像を持ち込み買い取ってもらうことに。ニーナに近づくことで視聴者がどんな映像を見たいか詳しく教えてもらう。
面接までして助手のリックを雇い、どん欲なまでに事件を追いかける。
驚くような方法でスクープ画像を撮りまくるルイスだったが...。


ハイエナを体現するジェイク

心の裏側の闇を演じさせたら右に出るものはいないと呼べる存在になりましたね、ジェイク。
ずるずる引きずられるようにの憑かれる役は、『ゾディアック』でおなじみですが、それよりさらに顕著です。
目が... ジェイクの目が怖い!ギョロギョロしてる!!
本日の王様のブランチでLiLiCoさんが「ジェイクがハイエナに見える」ようなことを言っていたが、まさにそれ!
死体に群がるケダモノのえげつなさを体現していたわ。体重を12、3キロ落としたんだってね〜!
ジェイクのセリフがやたらと多くて早口なんで...情報量がやたらと多いゾディアックを彷彿とさせていました...英語字幕だから余計にそう感じました。


ジェイクがどんどんおかしくなる

考えられないような手段で、映像を撮り続けるルイス…実際にこんな行動したら捕まるんじゃないかということまでやらかします。
テレビ局側の責任ももちろんあるだろう、本作で言えばルイスにどういう映像を視聴者が求めているかを具体的にレクチャーするニーナのような業界の人。こういう人たちは、残酷な事件映像など見慣れてしまって麻痺しているのだろうか。
私ときたら情けないことに、目を背けてしまう、ドキドキするしで気が気じゃなかったです。
ネットから得る知識とどん欲なまでの行動力の恩恵で、おかしくなって行くルイス。
ラストが、もう…「こいつ、ここまでやるか!」という後味の悪さを残す、すごい展開。



映像も素晴らしい!!

ピカレスクの香りがしました。だんだん常軌を逸していくルイスがなぜおかしくなっていくかといえば、そういう映像を人々が欲しているからです。
動画サイトの開展で、
おもしろさを越えてもっときわどい刺激を欲するようになる → 需要に応えようと動画を供給する仕事が横行する
この流れです。

静と動の共存...スピード感がある映像、そして夜の空気感を独特の色で切り取る男…ロバート・エルスウィット。街灯の玉ボケが美しいです、ほんと。
写真撮るのが好きなひとは、結構多いです、玉ボケ萌え〜〜〜な人♥
『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 』でも、そういう映像を見せてくれましたし、近作だと『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』もエルスウィットさんの撮影でした。
どうして、パパラッチの仕事に目立つ赤い車を使うかなぁ〜って不思議に思ったけれど、夜の色に映えるんですよね。「ははぁ、そのためかぁ」とひとり納得。
ルイスのドラテクがハンパなかったです。エンジン音がいいね、カーチェイス・シーンも楽しめます。
ルイスは、泥棒の前は一体何やってたんだろって考えてしまいましたね。

倫理についても考えさせられる

日本のテレビのようにYoutubeにアップされてる面白動画を拾って流してるうちが平和です、本作に出てくる人たちのように “なんでもありな輩” が増えたら困りますよ。
「仕事がないから、パパラッチやります!」 ということがまかり通るアメリカは脅威ですね。
倫理についても考えさせられる作品でした。

主人公の人間性に嫌悪感を覚えても、作品自体は好きです。
ヨーロッパ版DVD( リージョン2 PAL )での観賞でした。



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加藤武 追悼『悪魔の手毬歌』。子どもの頃の読書のこととか...

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横溝フリークだったあの頃…


先月、俳優の加藤武さんが永眠されました。
「わかった!! 」
でおなじみの等々力警部…だと思っていたら、作品によって立花警部だったりしていたんですね。今更ながら、そこに気付きました。
昨日は、CSの日本映画専門チャンネルで、久しぶりに「悪魔の手毬歌(1977年)」を観賞しました。
小学校時代に横溝正史フリークで、映画版 市川崑監督とテレビ版の「横溝正史シリーズ」を欠かさず見ていました。
横溝正史の小説といえば、必ず何十年も遡ったところに、血族が争うきっかけともなる性と金、欲にまつわるドロドロとした出来事が絡まってきます。
よくぞ、そんな小説や映画が好きだったものぞ、この変態小学生!
その頃、私は、おかしな本や映画に執着し、頭の中でそれをこね回し空想しては、文章やマンガにしようとしていました。江戸川乱歩の小説なども、子どもらしい「少年探偵団」などよりも「一寸法師」や「人間豹」みたいなおどろおどろしかったり、変態チックな小説を好んで読んでいました。
ただ、頭にはいろいろ浮かんでも、小学生なので実生活での経験が極端に少ない故、なかなか思うように書けなかった…絵は、超下手くそだったし。
吸収はしても、排出口が小さ過ぎました。
とにかく「一寸法師」という作品はお気に入りで、小学校三年の時、はじめて読んで(講談社 少年版江戸川乱歩選集)以来、5、6回は繰り返して読んでいたと思います。



キャスト
金田一耕助:石坂浩二
青池リカ:岸恵子
別所千恵:仁科明子
青池歌名雄:北公次
由良敦子:草笛光子
由良泰子:高橋洋子
井筒いと:山岡久乃
お幹:林美智子
別所春江:渡辺美佐子
立花捜査主任:加藤武


スタッフ・作品情報
監督     市川崑
脚本     久里子亭
原作     横溝正史
製作     田中収、市川崑
音楽     村井邦彦
撮影     長谷川清
製作会社     東宝映画
配給     東宝
公開     1977年4月2日

欲をいえば、キリがない…

前置きが長くなりましたが、江戸川乱歩が好きだったので、自然と横溝正史に移行していったことをお話したかったのです。

さて、「悪魔の手毬歌」も市川崑監督作品です。
オープニングタイトルの凝りようなども、「犬神家の一族」と通じるところがありますが、やはり横溝正史×石坂浩二 金田一の二本目とあって新鮮みはなくなっている気がします。(その当時は見られるだけで満足でした^^; )
時々、音楽にジャズの即興っぽい音が入りますが、これスタイリッシュでよいのです。
改めて今見直すと、カメラワークや音楽をもっとあちこちにちりばめてもよかった気がします。子どもの頃は、これで大満足だったんですけどね…
それと、作品の盛り上げ役の加藤武さんをもっと、派手に出してもらいたかった。やはり今だから、そう思えるのかもしれないけれど。
作品の全体像も、ぼやけちゃってる気がしました。もっと、メリハリがあってもいいかな。

何はともあれ、金田一耕助(石坂浩二)、磯川警部(若山富三郎)と青池リカ(岸恵子)の三つ巴の演技に注目です。
特に、パリのおばさま(“赤いシリーズ”より) 岸恵子さん、当時45歳。まぁ、とにかく美しいこと。気品がある美しさ!
作中、若い頃に三味線をひいて舞台に上がってた時の役名が、“スン子”というのも少し受けてしまいました。
要は“ あの男 ”が、女にだらしなくさえなければ、何ごともなく済んだんだろうに...
だよね。



高橋洋子さんがすぐに殺されてしまう役というのは、ちょっとした驚きです。子どもの頃、ああいう雰囲気の女性になりたいなぁって憧れていました。
白石加代子さんが、おどろおどろしくて不思議な雰囲気を醸し出していました。舞台女優さんらしい演技ですね。
金田一とおばあさんが峠ですれ違う絵が、名シーンすぎて頭に焼き付いて離れません。 

昭和26、7年あたりのお話だと思いますが、その時代の田舎の若者たちの青年会っぽい...お盆、正月に集まって飲み会とか村の消防団の寄り合いとかそういう有り様、大人たちの風習に縛られている感じが、今見るからこそ新鮮でいいなと感じます。
子どもの頃に見た映画という固有のノスタルジーが、自分をその時代に誘ってくれます。
何か、今この季節に見るのが意外にいいものですね…




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覚悟の別れ

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ここのところ、金欠&断捨離もかねて、たまりにたまったフィルムをオークションで売りさばいている。
白黒フィルムはさほどの値はつかないながらも、カラー特にブローニー(120フィルム)は期限切れでも結構いい値がつく。
三年ほど前までは、フィルムで撮って自家現像に手を出して楽しんでいたけれど、めっきり心に余裕がなくなってしまった。
6×6も、まったく撮っていない。
撮っていないのだが、HasselBladについては、お譲りいただいた前オーナーさまにいろいろとお世話になったので手元に残しておきたい。
フィルムカメラ全般、手元におきたい。
フィルムについては、カラーはKODAKのポートラNCと白黒ではフォマパンは残して自分がいづれ使う分のみ手元に置き、後は売りさばいてしまう予定だ。
(ISO400は残しておく方向で...)

フィルムについては、期限が切れたからといえ、元々の色味とは別な発色を期待してもいる。


いずれにしてもモノを手放すということには、覚悟が必要でございますな...


『ソロモンの偽証』 − 中学2年生。彼らなりの折り合いの付け方

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「ソロモンの偽証」前編・後編を見ました。
ここのところ、新作ばかりではないですが邦画をよく観賞していますが、いいですね〜和モノ。
ここ半年だと

紙の月
福福荘の福ちゃん
Wood Job!
海炭市叙景

この辺、気に入りました。
(まったくブログに綴っていませんが...追々アップしていきます)

うーん…あと「山田孝之の東京都北区赤羽」を今頃みて、感動に包まれています。
テレビ東京って映らないもので、ようやく最近見ました。
「REPLAY & DESTROY」も、見ましたしねぇ〜。
ジョージアの動くスタンプもダウンロードしたし…映画には関係ないけど。
山田くんについては、次回のブログで綴るつもりです。

おっと余談が長くなりました。
こうしてみると、邦画も面白いものは結構ある。けれど屁でもないものも存在するとは思っていた。
しかしながら、よくよく考えれば、大昔、マッチとかトシちゃんが主演だった映画だってそういうレベルだったわけであって…薬師丸ひろ子のとかもね。
先に「屁でもない」と言ってしまった作品は、子どもたちがこれから「恋愛に役立てる教科書」ともいえる作品であって、彼らの年代には、なくてはならない“バイブル”なのだと変に納得しています。
ただし、個人的にそういう類いの映画は昔っから見なかったけれど。

今回、観賞した「ソロモンの偽証」も、そんな中2年代の子どもたちを軸に描かれています。そういう年頃のみずみずしさは一環して排除されていて、見終えた後は精神的にどっと疲れていました。とにかく重い。
緊張感もあったのかな…わが家は、家族全員で見ておりましたが、息子も「疲れた」とひと言言って部屋に籠ってしまいました。
一環して重苦しい、澱んだ世界観は、監督さんが前面に出したかったのでしょうね。
前編・後編に別れるのは、原作が超長いので致し方ないこと。

ストーリー
教師 中原涼子(旧姓 藤野)が母校 江東区立城東第三中学校に赴任してくる。新任の校長 上野に促され、伝説となった校内裁判の顛末を語り始める。
 1990年クリスマスの大雪の朝、藤野涼子と野田健一は、校舎脇で雪に埋もれた死体を発見する。同級生 柏木卓也だった。
柏木の自殺だと断定されるも、「柏木の死は自殺ではなく、大出俊次を含む3人の不良に殺された」という内容の告発状が、学校と刑事を父に持つ涼子宛に送りつけられる。学校側はカウンセリングと称して生徒の聞き込みをし、送り主を特定しようとする。

スタッフ
監督     成島出
脚本     真辺克彦
原作     宮部みゆき
製作     矢島孝、秋田周平
製作総指揮     大角正
編集     三條知生
制作会社     松竹撮影所
製作会社     「ソロモンの偽証」製作委員会
配給     松竹
公開
2015年3月7日(前篇)
2015年4月11日(後篇)

キャスト
藤野涼子  藤野涼子
神原和彦  板垣瑞生
三宅樹理  石井杏奈
大出俊次  清水尋也
浅井松子  富田望生
野田健一  前田航基
柏木卓也  望月歩
藤野剛   佐々木蔵之介
藤野邦子  夏川結衣
三宅未来  永作博美
森内恵美子  黒木華
佐々木礼子  田畑智子
浅井洋平  塚地武雅
浅井敏江  池谷のぶえ
茂木悦男  田中壮太郎
垣内美奈絵  市川実和子
楠山教諭  木下ほうか




息子が、木下ほうかが出てることにかなり反応していて、改めて「ほうかブーム」を見せつけられた思いでした。
つい先日、「あなたの隣に誰かいる(2002)」のDVDを見ていたので夏川結衣さんが中2の子どものお母さんの役柄が似合ってしまっていることに、ちょっと感慨深くなりました。
(偶然にも木下ほうかさんも出てたんですけどね、「あなたの隣…」にも)

厳粛で凄烈なプロローグ


プロローグは記録的な大雪の朝。
柏木くんの死体が見つかる辺り一面雪で覆われた静寂の朝。冒頭シーンが、よく出来すぎているがため「何?なにが起きるの?」ってバクバクしていました。
(原作も読んでいないし、映画の予備知識がまったくありませんでした)
凍てつく朝の空気と、凍り付く光景で否応なく震えました。
ただね、中2の女の子が雪の中から人の手らしきものが見えた時、あんなに必至に掘り起こす勇気があるかといえば「うーん??」って考えてしまうところではありますね。

演じたのはほとんどが素人の子どもたち


勇気ある少女藤野涼子役(後の新任教師 中原涼子)をはじめ、ほとんどがオーディションで選ばれた素人に近い子どもたちの演技が、絶妙です。
逆に演技に慣れ切っている俳優を並べていないのが功を奏しています。
親、教師などの役で、永作博美、佐々木蔵之介、夏川結衣などなどそうそうたる俳優陣が集結していますが、完全に脇に控えている体(てい)ですよね。
子どもたちで事件の真相を導くという面から、ジュブナイルの部類なのでしょう。
ただそれだけでなく、その年代の子どもたちには特有の表と裏の顔がある。いい子に見えるけど、何を考えているかわからないという怖さもあります。
表情の怖さ...何を考えているかわからない、彼らの二面性をカメラワークでしっかり捉えています。
子どもたちだけの世界で、新しいルールを作り実践して行く。
そういう面からたとえれば、楳図かずおの「漂流教室」の生徒たちを彷彿とさせる雰囲気。
まぁ、あれはもっと愛憎入り乱れた上に、得体の知れない生物に襲われたりしてラスト近くは...はっ、いけない!急に読みたくなりましたわ。

仲のいい友だちに見える樹理と松子が、じつはそうではなく、樹理が松子に酷い言葉を投げつけるところを目撃している藤野涼子。
さらに涼子を見つめる亡くなった柏木の目。この構図が何を意味するのか。
柏木の友だちだという他校の神原は一体?
そんなモヤモヤした疑念を孕んだ状況のもと、子どもたちだけの裁判が始まります。



なぜ、子どもたちは裁判をしたのか


子どもたちだけしか知らない問題を、親や教師でうまく纏めて終わらせてしまうということは実生活でも、ままあること。
「子どもたちのために」とか「子どもたちが傷つくから」という名目で、終わらせてしまうことに納得がいかなかったのでしょう。
「後編 裁判」は、子どもたちで選んだ検察と弁護人が証人に尋問を行うのですが、前編よりもさらに半端ない緊張の連続です。

裁判を開かなかったら、いつまでも拭い去れないモヤモヤを抱いたまま大人になっていく。
この裁判は、2年A組の生徒たちにとって、ある意味通過儀礼であったのでしょう。それを乗り越えたことで、彼らの人生は大きく変わったに違いありません。
この事件で、彼らは「自分たちだけで折り合いをつけること」を学んだのだと思います。

壮絶な経験をしながら生きてきた神原くんの言葉「それでも僕は生きていく」
涼子の「裁判をやらなかったら未来に立ち向かうことができなかった」

2人の言葉にこちらまで心がすーっとして、その後、感極まりました…カタルシスですよね。
前・中盤をあれだけ暗く撮っていたのは、このすがすがしさに持ち込む監督さんの意図があったのかな。

長さは感じられませんでしたが、緊張感がものすごいです。
傑作だと思います。



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ちょっとビックリしたこと!アニキの息子がアレな件

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ザ・ジャム、スタイル・カウンシル…
私の大昔のアイドル!
いやいや、アイドルってそんな軽いノリではなかった。

実は、私はジャムよりポップでおしゃれなスタカンの方が好みでした。
車の中では、「スタカン・マイ・ベスト」を聞いて一緒に歌っていた、あの頃。
もちろん、ポールのアニキは、今も勢力的に活動を続けています。

さて、今さら何を取り乱し騒いでいるのか。
ポール・ウェラーの子どもたちが、活躍しているんです。
もう、ご存知の方もいるでしょう!
長男 ナット・ウェラー(本名 Nathaniel)はミュージシャン、現在26歳。長女のレア・ウェラー(Leah)は24歳、モデルをしています。

長男ナットと。これ、ナットが撮った方の写真が見てみたい!
な…なんだかクールなアニキのイメージがなくなっていますが。



一見Gacktを彷彿とさせるこの息子さんですが、「ぼくはゲイだ。」とカミングアウトしているそうなんです。
道理でおひげもなく、ツルンとしてるとおもえば、しっかり顔のヒゲ脇毛を脱毛してるとのこと。
まぁ、イマドキの男子たるもの、これが普通…??

気になるのは、二人のお母さんであるDee.C.Leeです。
90年代にソロアルバムをだしてからは、音沙汰がありません。

Dee.C.Lee   
それにしても、二人ともポールに似てるとこなしで、お母さんの血はどれだけ濃いんだ!




なつかしい…
やっぱ、子どもたち Leeにそっくりだわぁ〜。
Leeは、スタカンのメンバーになる前は、Wham!のツアーでバックヴォーカルをつとめていました。


LEAH and PAUL Weller CMですね...

Natt weller

うーん…子どもたちは、才能を受け継いでいるかといえば
「Yes」
とはいいきれない…かな。


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『山田孝之の東京都北区赤羽』 − 北区赤羽、地図が忘れた幻の街

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少しだけ今の仕事から離れ、ひと息ついてみたいという時がある。
ちょっと立ち止まって自分というものを俯瞰してみたいこともある。
誰にでも“スランプ”に陥り苦しむ時期は、あるだろう。

俳優 山田孝之、窮地に追い込まれるの巻

15歳から仕事ひとすじで突っ走ってきた、俳優 山田孝之(31歳)にとうとうスランプ

という苦難がやってきたのである。


ストーリー

時代劇撮影中に、山田クンが突然、演じられなくなってしまう。
どうやら役に入りこみすぎて、自分と役との境界線がわからなくなってしまったようだ。
山下敦弘氏が監督する映画は頓挫してしまうことに。
ある日、山下監督に山田クンから漫画『ウヒョ!東京都北区赤羽』が送られてくる。
「自分は役者として、振り幅は大きかったが軸がなかった。人間としての軸をつくりたい」
と山下監督に相談する山田クン。
「赤羽に住んで人間としての軸をつくりたい」とマネージャーの反対を押し切り赤羽に向かう。
2014年 夏。赤羽での生活が始まる。
山田クンに従い、カメラを回し続ける監督だったが。







2015年1月10日〜3月28日 毎週土曜日0:52 - 1:23(金曜日深夜)に、テレビ東京系で放送されていました。
筆者の地元は、テレ東の番組は哀しいかなほとんど放映されませんので、つい最近、本作を知った次第です。
山田クンのFacebookを購読しておりますので、なにやらやってることは感づいてはいましたが...

山田孝之と山下監督のやりとりの妙

『ウヒョ!東京都北区赤羽』に洗脳でもされたかと思えるほどの、山田孝之の行動と

それに唖然としながらも、カメラを回さざるを得ない山下監督のリアクションが絶妙

なのです。


赤羽での暮らしでは、漫画家 清野とおる氏(『ウヒョ!東京都北区赤羽』を書いた漫画家)が山田クンを漫画の聖地や、登場人物に会わせる案内人役をつとめております。
清野氏は一環して「マスクをはずさない」という独特のスタイルで、怪しげなひとにしかみえない。
Tシャツ姿の山田クンとタキシードに着替え、写真館で記念撮影をするも、その時もマスクは外さず。
なんともシュールなさまに、監督がひと言ダメだしすれば、山田クンにたしなめられシュンとなったり。(あの目ヂカラで見られたら、誰でも動きが止まりますよ)
こういう場面がちょくちょく出てきます。
その度、監督のリアクションと山田のどこかはずれてる行動と真剣なのか演技なのか不明な表情のギャップに爆笑しっぱなしでした。
でも、見ている自分も「相当スランプがヤバいのかな...」 って真面目に心配になっていました。

キャラ全開の赤羽の人々

清野氏に紹介されて、漫画に登場する人々に会うことになる山田クン。

赤羽に住む人たちと毎回何かやらかして...無邪気になったり、凹んだり。


主だった登場人物(もっといっぱい人が出てきます、ここでは筆者セレクション)
居酒屋 ちからのマスター夫妻
強面でその筋のヒトにしか見えないジョージさん
ナイトレストラン マカロニのマスター
タイ料理居酒屋「ワニダ」のママのワニダさん
路上ミュージシャンの斉藤さん
鷹匠の大和田さん

特にジョージさんと、ワニダさんは強烈!

ジョージさんは、山田クンが少しテンション上がって回復して来たかなっていう時に、「その筋のひと」張りの口調でダメだしをかまします。
山田クンは、2度ほど涙目になっていました。
私個人としては、ジョージさんの言ってることが真っ当だとわかっていても、あの怖さに萎縮してしまいますね。
確かに彼を俳優じゃなく、30代のひとりの若者として怒鳴ってましたが…愛犬に接するときは赤ちゃん言葉になるギャップがおもしろいところです。

ワニダさんは、昔活躍していたジャズボーカリストのマリーンにちょっと似てるところがある美人さんです。
自分のことを「おれ」とか連呼してましたが、美人さんでさばさばしているから許せちゃいますね。山田クンのイケメンぶりにやられたのか、登場するごとに「オンナ」に戻っていました。

鷹匠の大和田さん、「鷹になって、操られたい」と真剣な面持ちでいう山田に
「彼女が欲しいんで、ナンパしてきて」という指令をだす場面、なんともシュールでしたわ。

友情出演!? すごいメンツが勢揃い

赤羽の人々の他にも、山田孝之にまつわる豪華なメンツが登場するのも嬉しい


綾野剛
大根仁
やべきょうすけ
吉井和哉
そして実姉二人(歌手のSAYUKI、女優の椿かおり)

とくに綾野剛さんとやべきょうすけさんの回がいい、堪能させていただきました。
俳優って、ちゃらちゃらしてその辺で「オンナ引っかけてるんじゃないかな」という印象を払拭しましたね。
実は、一般の人たちより、かなりまともなのかもしれないな…と。
やべきょうすけさんの話が、深いし沁みる!!
人間として役者として根っこがしっかりしているなと、もう惚れてしまいました。
映画なりTVドラマなり、ひとつの作品を共同作業で作り上げて行く仕事だから結束が堅いし、そこから生まれる仲間意識なんでしょうね。
一般市民として、なんだかうらやましいですよね。
大根さんが、意外にキツいっ!見た目に反して、かなり生真面目というか、とにかく厳しいっ!!

「本当の山田孝之に近い役は?」
という質問に姉たちが
「『世界の中心で愛をさけぶ』と『白夜行』ですかね…」
と発言してましたよ。
聞いた瞬間「おお、おっしゃ~!」って叫びました。
私も、心の片隅で勝手にそれは思っておりまして、31歳になった彼を見ても頭の中では、朔ちゃんのままなんですよ。

自転車に乗る姿、写真館で記念撮影するところは
「せかちゅう」の朔ちゃんを彷彿とさせます。
「あの頃、少年だった山田孝之。もう31だよ」
なぁんて感慨深くなりました。
一生懸命自転車を漕ぐ姿は、変わってないなって感じる…完全に熱烈なファン目線になってました。

スチャダラパーのゆるーい曲に乗って、川べりを歩くオープニングタイトルもカッコいいです…じみにTシャツを変えてるんだよね。



謎とひと夏の余韻をのこす『山田孝之の東京都北区赤羽』

本当に2014年の夏に撮ったものなのか

登場人物のセリフは?脚本が予め用意されていたのか

山田孝之、山下監督その他俳優陣は演技なのか、リアルなのか


正直いって、曖昧で未だに詳細などはわからない。
見始めた当初は、完全にすべて真実だと受け取っていましたね、私。
限りなく現実に近い、フィクション、
“リアリズム・フィクション”
とでも、名付けましょうか。ん?どこか変??
...ってか、本作の中の山田孝之も十分ヘンだし、いっか!

しかし、繰り返しDVDをみるうちに、じわじわと悟りました。
この作品は、詰まるところ、細かいことや先入観を取り払って、考えずにみちゃいましょう! そういう番組なのです。
そうすれば、無我の境地に達することができる!
山田孝之のファンなら、“孝之ism”を見いだせるはず…です。(大真面目です!)
ヒントは、山田の自宅に並べられたDVDの中にあった『容疑者、ホアキン・フェニックス』 、かもしれないし、そうでないかもしれない。
山田クンが歌う(山田孝之作詞・吉井和哉作曲)エンディング・テーマ「TOKYO NORTH SIDE」に、本作のヒントが隠されているかも…ね。

がんじがらめのマリオネット
俺を笑う俺がいる それを見ている俺もいる
ここは TOKYO NORTH SIDE
偽りよ首を吊れ 孤独よ引きこもれ
探せ TOKYO NORTH SIDE
地図が忘れた幻の街 見つけてみせるRED WING
(『TOKYO NORTH SIDE』歌詞より)

強烈な歌詞に反して、奇をてらわないまっすぐな歌い方がまた、山田孝之らしさを醸し出している。


『山田孝之の東京都北区赤羽』
ユルい中にも、時々じんわりきたりシャキッとさせられたり、ジョージさんにビクついたり。この刺激、癖になりますわ。

突拍子もない思いつきだけれど、山田孝之に舞台でテリー・ギリアムの『Dr.パルナサスの鏡』のトニー役を演じて欲しいな。
すごく似合うと思うんだよね、あの役。

日本映画専門チャンネルで二夜連続で山田孝之特集!必見です!!





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